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1391401

1391401

Date 14 OCT 88
Plt No. F2 Model M
Made in the USA

IBM鍵盤の代名詞とでも言うべき最も有名なモデルです。鍵盤のスキャンコードの共通性などの意味で,現代のPCの直接の先祖となったのが1984年8月発売のIBM PC/ATという機種でしたが,この中期型以降に添付されて以来,つまり1987年前後から1993年ころまで生産されていました。enhanced 101とかmodel Mとか呼ばれることがあります。「エンハンスド(機能拡充した)」という言葉は1986年に101配列の鍵盤が発表された際のIBMの製品発表レターでの表現に由来しています。言うまでもなく、PC/ATの84キー鍵盤に、独立した矢印キーを付加するなどのさまざまな改良を行ったことを意味します。101鍵盤の最初期型モデルは、PC/XTに対しては1390120、PC/XTに対しては1390131だったようですが、本機はその生産台数の多さから、IBM101鍵盤の代表格とみなされています。本機の101配列は1980年中盤以降,英語鍵盤のキー配列の標準です。

中に鋼板が仕込まれていてそれが全体の剛性の元となっています。アクチュエータ部は各キーが一体となり鋼板にリベット留めされており,分解は難しくなっています。

II型1391401
II型1391401

1391401と名乗るものの中でも変種が存在しており興味深いです。私の手元にあるもののうち,14 OCT 88および30 OCT 89の銘がついた2台を比較してみましょう。下の写真の通り,88年製はプランジャーの鞘となるプラスチック基板が黒色ですが,89年製はベージュです。88年製の方だけに,10キー部のEnterと+に,コの字型の針金(stabilizer rodなどと呼ばれることがあります)が取り付けられおり,カチャカチャ感を軽減する仕組みになっています。これは5576-001および002鍵盤の大型キーにも見られる構造です。両者の打鍵感,筐体の質感ともにはっきりした違いはありません。ベージュの方が大型キーのぐらつきが少ないようにも思えますが,視覚的にcheapな印象を持つ気持ちもわからなくもありません。ただ,後継機も含めて考えれば,どちらかと言えばプラスチックの基板の色がベージュのものの方が希少価値はあるものと思われます。

他にも相違はあります。細かく観察すると,キートップの印刷の色が異なります。使用頻度の同程度のキーで比較して,88年式(黒色基板)の方が,89年式(ベージュ基板)よりもやや茶色がかっています。また,88年式は背面のラベルにラミネート加工が施されています。私の持っているIBM鍵盤の中で唯一の例です。手で持ってみると,全体の重さにも数パーセントの相違があるように感じられます。黒色基板の方がやや重いです。

I型
I型
II型
II型

のぐ獣氏およびbabo氏の研究によれば,1391401という型番の鍵盤は,1987年から1993年にわたり生産されてきたようです。これらのデータと私のデータベースと照合してみると,1391401には,上記基板の色の相違に加え,ロゴの色が灰色か青色か,排水口があるかないか,USA製かメキシコ製か,IBM製かLexmark製か,などによって大きくは3種,細かく分けると少なくとも6変種があることがわかっています。 以下にまとめておきましょう(I型等は私が便宜上つけた名称です)。なお,Lexmark製の1391401としては,Babo氏のコレクションに例があります。

確認されている1391401の変種
ロゴ色基板色安定金具製造元産地排水口年代
I型IBMUSA×87-89?
I型(Mx)IBMMexico×
II型×IBMUSA×87?- 91?
II型(Mx)×IBMMexico×
III型×IBMUSA92?-93?
III型(Lx)×LexmarkUSA

同型機で別の型番を挙げればそれこそ無数にあり,1390131,52G9658,41G3576,92G7453,92G7454,42H1292(42H1292X,42H1292U)などが,世にenhanced 101というくくりで呼ばれている鍵盤です。

III型1391401の裏面。排水口と排水路が見える。
III型1391401の裏面。排水口と排水路が見える。

よく考えてみれば驚くべきことなのですが,発売から約15年が経つのに,今でもUnicompで同等品を買えます。2001年8月現在新品で入手できるのはUnicompロゴのもののみで,IBMロゴのものはすでに品切れのようです。Unicompロゴのものの型番は42H1292Xです。売値は49ドルですが,UnicompのJim Owensさんに聞いたら,日本への送料は40ドルもするそうです(2001年7月現在)。Unicompの正規代理店のNeotecでは9800円です。店にも置いてあります。私が店頭で触った限り,初代の1391401と完全に同じタッチであったと思います。

II型(Mx)1391401の裏面。私の知る限り,メキシコ製1391401はこのようにラベルがアメリカ製と天地逆になっているのが特徴。
II型(Mx)1391401の裏面。私の知る限り,メキシコ製1391401はこのようにラベルがアメリカ製と天地逆になっているのが特徴。

歴史が長いだけにアメリカを中心にして無数の言葉をインターネット上から拾うことができます。毛色の変わったところでは,タイとアメリカを行き来しつつ仕事をしているらしいThiravudh Khoman氏のエッセイがなかなか面白く読めました。座屈ばね鍵盤の特徴であるクリック感と押し抜き感を熱く賞賛した後,タイからアメリカの職場へ鍵盤を持ち帰る時のドタバタが描かれています。結局,わざわざこの重いものを持ち運ばなくても2台目買えばいいじゃないか,ということでUnicompのサイトを見つけて喜んだ,というような話です。タイ語化の話も出てくるので,I18Nに興味ある鍵盤趣味者はご一読あれ。

I型(またはII型)1391401の裏面。排水口は存在しない。
I型(またはII型)1391401の裏面。排水口は存在しない。

重厚長大です。英語圏ではよくweaponなどとと表現されます。アメリカのオークションサイトでは“Bulletproof (防弾)”などという表現も目にします。内部に鋼板を仕込んだ構造なので,あながち大げさではないです。“The heavy, clicky monster I love.” などちういう形容も目にしたことがあります。日本語で撲殺キーボードなどと呼ばれるのと同じ語感ですね。上に引いたThiravudh Khoman氏は“a holy racket.” と表現していて,これには一本とられました。最近の鍵盤だと爪足(tilt-stand)を立てて打つとぐにゃぐにゃした感触が手に残り,時として不快に思いますが,これはキーを「打ち抜く」ように打つべし打つべし打つべしという打鍵ができます。なにしろモンスターですから。

日本でもファンが多いです。こちらのコメントにはしみじみと感じ入ります。本機を秋葉原で売っていた時代の売価は知りませんが,後継機の41G3576や42H1292は1万6000円という記録が残っています。これ自体を高いと思う人も多いと思いますが,Tachibana氏のおっしゃる通り,15年経ってもほとんど劣化の跡が見られないとすれば,1万6000円出しても総合的なコストは決して高くはないと言えます。

キーの重さはA01と大差ないと思います。しかし打った時の音が違います。A01とくらべてこちらは座屈ばねが戻る時の金属的な残響音が目立ちます。筐体が共鳴しているわけではなく,ばね自体の音です。また,本機は打ち込んだときのショックがやや鈍いです。A01はまるで大理石を叩いてるかのようなカツンという感触ですが,本機はどこかゴム的なものを介して打ち込んでいる感覚です。実際,薄膜接点に仕込まれたゴムで打鍵時の衝撃を緩和するようになっており,これがややくぐもった打鍵感の由来になっています。

IBM PC鍵盤もしくはPC/AT鍵盤との比較においても同様のことが言えます。これらは機械式接点の座屈ばね機構を採用しており,打ち抜くと,接点の導通が軽い衝撃として手に伝わります。硬質な打鍵感です。それが本機においてくぐもった感覚の打鍵感に変更された理由は定かではありませんが,ひとつ指摘できることは,本機の方がよりタイプライターに近い打鍵感である,ということです。どちらを好むか(どちらも好まないか)はかなり個人差があります。

一般に,IBMの座屈ばね鍵盤を最初に触った時には,機械式タイプライターに慣れてでもいない限り,誰しも違和感を感じるものです。一見重いキータッチと巨大な筐体からは,昨今の低質なキーボードとは異質な視線を感じます。私の場合,最初は座屈ばねのギャンギャンという反響がやや汚いと耳に感じたのですが,使っていくうちにその音が気にならなくなりました。今では私の耳にはカコカコカコという親しみある音に聞こえます。快調に打てる日も,気の重いメールを書かなければならない日も,その日の私の気分に合わせて私自身を受け止めてくれる気がします。やや深めの押し込み量も,独特のクリック感も,引っかかりなく滑らかに動くキーも,円筒形に湾曲したキー配置も,なじんでみればまるで自分の指との出会いを何年も前から心待ちにしてくれていたかのような気にさせてくれます。見かけの剛毅さの中にある日ふと善意の視線を感じたら,その時はきっとこの鍵盤について何かを語りたくなることでしょう。

III型1391401の青ロゴ
III型1391401の青ロゴ

耐久性は信じがたいほどです。ぜんぜん壊れません。ぜんぜん黄ばみません。ぜんぜんへたりません。蛍光灯の元に13年間さらされても何の変化もありません(禁煙のオフィスじゃないとダメだけど)。アルコールでさっと拭けば新品同様です。キー表面のテカリもあまり生じません。

上記の通り,2001年8月現在,新品入手はほぼ不可能です。Unicomp銘の後継機なら入手できます。個人輸入は高くつきますので,現在のところ,1391401と同一の打鍵感を持つ後継機種42H1292Xを,NeotecやshopUの通販で入手するのが日本国内では現実的です。Yahoo Auctionsでもよく目にします。オリジナル品の相場は10000円前後でしょうか。