特許。庶民としては実にドスのきいた響きを感じます。日本国特許法には,特許が認められるための条件がいろいろ書かれています。第二十九条には,
- その発明は何かの産業にプラスの効果をもたらすこと。
- その発明はまだ誰も知らないものであること。
- 「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」が簡単に思いつくようなものではないこと。
などの条件が記されています。最後のものはちょっと意味が取りにくいかもしれませんが,要するに,素人目に「すごい」仕組みを考えても,その筋の専門家が誰でも知っているようなことだったらそれはダメだよ,ということです。特許を成立させるためには,その発明の産業上の利益を明確に主張でき,しかも,関連する分野ですでに出されている特許に通じ,その上で,専門家が容易に思いつかないような新しい発見を盛り込まないといけない,というのが特許法で言う特許の要件ということになります。たしかにこれはシロウト的にはなかなか荷の重い話ではあります。
ただし,特許庁に拒絶されようがされまいが,書式さえそろえれば特許を出願することは可能です。見てみると結構ふざけ半分のような特許もあり,検索してみると楽しいです。特許庁のページを開き,「特許電子図書館」を使います。 ためしに中松義郎という名前でフロントページ検索をかけてみます(ドクター中松という名前ではヒットしません)。すると2002年2月24日現在,70件の発明が該当します。オモシロ発明の連続です。たとえば特願平08-229179「一歩前進トイレ」は,
【課題】 便器使用のときに尿が床に垂れないトイレとすこと。
【解決手段】便器で用便するものが立つ床を前下りに傾斜させる。
とあります。ちなみにこの特許は,1999年06月01日に特許庁から拒絶査定が発送されています。つまりダメ出しをされて特許成立には至らなかったということです。
注意深く見ると,中松義郎氏が出願した特許のうち,拒絶査定を受けずに特許が成立したものは,上記70件のうち,
1.特願平10-080101「生活リズム変更装置」
2.特願平08-038631 「交通事故防止等用飴」
3.特願平08-154699「 高効率駆動装置」
4.特願平07-193975 「高効率発電装置」
5.特願平07-175344「居眠り運転防止枕」
6.特願平07-072243「地震室内シェルタ」
7.特願平07-068512「五徳防災具」
8.特願平07-068513「埋没脱出器」
9.特願平05-353035「高電導性製品」
という9件しかありません。これらのほかに,拒絶査定に抗告した結果として特許番号が付与されたものがいくつかあります。拒絶されなかった上記の特許がマトモかといえばそうでもなさそうで,例えば「高効率発電装置」の要約は以下のとおりです。
【目的】 光や熱等の放射線や宇宙エネルギから直接高効率で交流発電すること。
【構成】 光の熱等の放射線や宇宙エネルギを互いに逆性のエレメントに当て、その出力を切換えて交流を得るときに、出力しないエレメントのエネルギをチャージし、出力するときにチャージしたエネルギを取り出して加える。
ううむ。宇宙エネルギ。意味がわかりません。日本国特許庁の審査水準が不安になってしまいます。どういう解釈で審査を通ったのでしょうか。一応物理学専攻の大学院を出たものとしては謎と言うしかありません。ただ、全部が全部荒唐無稽というわけでもなく、あまり偏見に満ちた論評をしては叱られてしまうかもしれません。「生活リズム変更装置」の要約を見てみると,以下のようになっています。
【課題】 生活リズムを律する体内時計の経時を変えること。
【解決手段】 膝の後ろの脚面に時間帯を変えて光を当てることにより体内時計を調節する。
中途半端に下手な絵が涙を誘います。それはともかく、最初にこの特許を読んだ時、悪い冗談だと一蹴したのですが、驚くべきことに、膝の裏側に光の受容体があるという研究結果が、アメリカの権威ある科学雑誌「サイエンス」に掲載されたという事実が存在したのです。これは読者からのご指摘で最近知りました(平成13年8月23日修正しました)。おそらくは膝の裏だけというよりも、「人間は皮膚からも外界と相互作用する」という事実の一例なのではないかというのが印象ですが、そのようなニュースをいち早くビジネスに結びつけようとする中松氏の嗅覚には敬意を払う必要がありそうです。
実際特許ビジネスにはそういうところがあります。製品化しうる力を持った企業内に属してもいない限り、一個人の発明が個人的収入に結びつくことはまずありえないことです。仮にあなたが書いた特許の開示書をいろいろな企業に送っても、それを見て企業の担当者が頭を下げてあなたのところにやってくる、というようなことはまずありえません。特許を収入にするには、簡単に言って「脅迫力」が必要です。金を出せ、さもなくば著作権侵害訴訟を起こす、というような。そのためには、とりあえず請求範囲の広い特許をたくさん書くことが前提です。中松氏はそういう「交渉」で収入を得てきた人なのかも知れません。だからこそ、数々の拒絶査定にもめげず、「とりあえず出願してみる」という戦略で特許を出願してきたのでしょう。
中松氏といえば,フロッピーディスクの特許を持っていると自称していることで有名です。特許電子図書館のフロントページ検索ではある程度最近の特許しか検索できないので私の手元には直接断定する材料がないのですが,上記の特許のオモシロぶりから考えても、上記のような類のひっかけ特許だと推測されます。詳しくは大豆生田利章さんの解説を読んでみてください。