Saturday, December 21
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PC/XTの最初期モデルとその鍵盤

IBM PC/XTの鍵盤について(3)

PC/XTとしての初めてのモデルは、1983年3月の5160モデル087です。対応する発表レターを一覧から探すと、レター番号183-027、「IBM PERSONAL COMPUTER FAMILY EXPANDED / IBM PERSONAL COMPUTER XT, 5160 MODEL 87」というものです。よく言われてますように、これはIBM PCには装備されていなかったハードディスクを初めて実装した機種として知られています。レターの中ではhard disk driveという表現はなく、10MB of fixed disk storageと記されています。時代を感じて面白いです。

IBM PC/XTの83キー鍵盤のキー配列。Aの隣にCtrlがあることに注目。
IBM PC/XTの83キー鍵盤のキー配列。Aの隣にCtrlがあることに注目。

幸いにして鍵盤についての比較的詳しい説明がそのレターの中には書かれています。まず目に付くのは以下の文章でしょうか。

The 83-key keyboard offers commonly used data and word processing functions in a design that combines the familiar typewriter and calculator keypad layouts. Special symbols, such as those used to draw lines, may be accessed with a combination of keys. The keyboard is attached to the system unit with a coiled cable, permitting adaptation to a variety of work environments. Depending on the application program, from 10 to 40 special function keys may besupported.

(83キーの鍵盤は、よく見かけるタイプライターのキー配置と電卓のボタンの配置を一緒にしたような外観になっていて、通常の文字やデータを入力する作業に適しています。複数のキーを組み合わせることで特殊な記号の入力も可能です。例えば直線を引く時などはそのように操作することになるでしょう。本体付属の鍵盤はカール状になったコードで本体とつながれ、さまざまな作業環境に対応できるようになっています。走らせるソフトにも依存しますが、10から40個のファンクションキーも使うことができます。)

私はこの一節に、書き手がタイプライターを強く意識している様子を感じました。この説明の仕方からして、以下の事実が前提としてあると思われます。

  1. 使用者は、タイプライターと、電卓には慣れている。
  2. 使用者は、画面上で直線を引く、といったような操作には慣れていない。
  3. 使用者は、本体と鍵盤がくっついた構造を見慣れている。

このころPCは、「タイプライター+電卓+(何か)」という印象でとらえられていたのでしょうね。電動タイプライターのメーカーとしてIBMは庶民に知られていましたから、その印象に乗っかったほうが大衆向けにはとっつきやすいだろう、と宣伝担当者は考えたのかもしれません。確かに、タイプライターでは斜めに線を引くなどの操作は事実上不可能ですし、「本体」と鍵盤部は、それに「プリンタ」は一体不可分です。鍵盤それのみを手元にたぐり寄せ、CRTに何やら幾何学的な模様を映し出しながら仕事をする絵は、当時としては相当カッコ良かったに違いありません。

 参考資料。IBM PC/XT model 286のマニュアルの写真(横田和隆氏提供)。
参考資料。IBM PC/XT model 286のマニュアルの写真(横田和隆氏提供)。

思えば日本でも、大学などでマックに触れる機会を持っていた人は別として、Windows 95がGUIを世に広めるまでは、パソコンというのは庶民には「ワープロ+電卓+(何か)」というものでした。だからこそ、インターネット時代が来るまで、ワープロ専用機が十分な市場を持ちえたのです。

現在、初心者用にパソコンで何ができるかを説明するとすれば、電便(メール)とウェブサイト閲覧が最初に来ると思われます。言うまでもなく、これは情報技術を支える社会基盤(大容量通信網など)が、十分に整備されていることを前提としています。そのような状況を1980年代に予見していた人はおそらく誰もいなかったでしょう。わずか20年で世界は変わってしまったわけです。

「Keyboard highlights」という項目には、添付された83-keyの鍵盤の説明が簡潔になされています。

  • Identical to the IBM Personal Computer, 5150, keyboard
    (5150すなわち元祖IBM PCと同一)
  • Detached with adjustable angle
    (PC本体から取り外すことが出来て、傾き角の調節もできる)
  • Simple coiled cable connection
    (接続が簡単なつるまき式のケーブル)
  • 83 keys with full function for data processing and text processing
    (データ処理と文書処理に十分な83キー)
  • Ten-key keypad for numeric entry and cursor control
    (数字の入力とカーソル移動のための10キーパッド)
  • Buffered input
    (入力用バッファーを持つ)
  • Automatic repeating feature on all non-control keys
    (制御用のキー以外は、押し続けると自動的に連続入力される)
  • Print screen key transfers display image to printed page
    (画面イメージを印刷できるPrtScキー)
  • Access to all 256 characters via “Alt” key
    (Altキーを介して256すべてのキャラクタ文字を入力可能)
  • Ten program-supported function keys for a total of 40 possible functions using keyboard shift keys
    (10個のファンクションキー。シフトキーを使うと40種の機能を割り当てられる)
  • Insertion and deletion modes
    (削除・挿入機能)

最初に述べられているように、このXTに添付された鍵盤はIBM PC(5150)の鍵盤と同じものです。先にこの鍵盤について紹介したとき、The PC Guideなどの記述を参考にしながら、IBM PCとPC/XT(前期型)の鍵盤が同じものであることを前提に話を進めていました。常識的な話ではありますが、その前提を確認する一次資料がこれです。10キー、カーソルキー、PrtScキー、Insキー、Delキーなどに言及されていますが、すでに紹介したとおりです。10キー部の写真を掲げておきます。

IBM PC鍵盤の10キー部の写真
IBM PC鍵盤の10キー部の写真

キーボードの物理的寸法の詳細も書かれており、大きさは、幅20インチ (500 mm)、奥行き 8インチ (200 mm)、高さ 2.5インチ (57 mm) 、重さは実に6 pounds (2.8 kg) であると記されています。2.8kg!現代のほとんどのノートPCを越えるすさまじい重さです。叩くものは安定しているべきだ—おそらくはタイプライター文化の中で定着した素朴な信念なのだと思いますが、人間工学の観点からもこれがおそらく最適な解なのだと思います。その解を疑いもなく製品化できた時代がうらやましいです。

(2002/08/19記)